2015年12月30日水曜日

急いで作るピザは薄味

おはようございます

今日は目覚めが良かったのでさっさと着替えてカフェでコーヒー飲みながら日記書きます。このカフェ気に入った。マジ気に入った。

酸味の高めなコーヒー頼んだんですが、軽くて飲みやすいです。ここ最近濃いめのコーヒーばっかり淹れて飲んでたので、味に飽きてしまったというかお腹いっぱいというか。

(((相棒にラインで連絡してるのに返事しない!!息してない!!多分二度寝してるさいあく!!!!笑)))

はたから見たら意識高い系のドヤりんご野郎に見えること間違いなしだと思います(笑)

とりあえず心の落ち着く壁際に移動してみました。

気分がいい時って外に出たくなるんですよねw本当は今日相棒とどっか出かけるつもりなんですけど待ち合わせ時間も場所も何も決めてないのでフライング外出していますw


さて、また卒論の話ですよ!

卒論の提出期限は1月8日なのであと一週間くらいなんですが、その前に一度ゼミの先生にチェックしてもらう日を設け、昨日そのチェック日でした。

卒論チェック日に合わせて今までカタツムリペースだった卒論を無理やり完成させたので結構先生に怒られましたね...引用文献が少なすぎて先生にガッカリされてしまいました...。

やっぱり、予てから危惧していたことが一つ当たってしまったような気がします。

自分が1年かけて研究しようと思った詩人は、実はそんなに研究したくないのかもしれないという...

というのも、作品も研究書もみんな英語(当たり前だけど)なのでどうにも書かれている作品も内容も頭に入ってこないんですよね。

だから必然的に大量の文献を手にしたところで頭に入らないという。

研究書曰く最近になってから(2000年前後ですかね)注目され始めたアメリカの詩人なので、日本語に翻訳されている研究書があまり無いという実情なんですよね。

自分自身英語の勉強がしたいという身分ではあるんですけど、英語ができないから英語の勉強ができないとかいうハイパー謎サイクル突入中です。

まあレベルが合ってないだけなんですけど

あと言われたことは文学史の勉強不足だと...おっしゃるとおりでございます

耳が痛すぎてもはや痛くないんですけどね

やっぱり院で研究する詩人を変えるしかないのかなぁ

その詩人にこだわる理由も実際ないので、卒論提出したら考え直します。


とまあ、それはさておき、またちょっと暗い話になってしまいます。

結論から言うと今は気分がいいので、本当になんでもないんですけどね。

昨日卒論チェックが終わったあとは先生ご一家さまとゼミ生でピザパーティしました。

なんかいろんな要因が混ざり合って個人的には心の底から楽しかったといえば嘘になるんですが、やっぱり楽しかったことは楽しかった、と言っておきます。

みんなが笑ってる時に笑えない時ってあるんですよねえ。例のネガティブ発作ですよ。

無理やり笑おうって気力すら浮かばないんですよね。その場と同調する意味ねーだろ、みたいなね。

でも幸いにも昨日は心が無になっても気にならない友人のそばに居たので気楽でしたw

ちょいちょいみんなとも話したし。しかしお酒飲むほどの元気はなかったな。


例の、先生と相談に行った日から総合すると今は本当に気楽です。悩みを受け入れてくれてる人ができたので。あと、時期的にも卒論は形にはなったし。

友人とも会話できるくらいになったしな。

うぬ。

さて、新歓に向けて詩を書かなければ!!

ではでは。

2015年12月25日金曜日

すなわちモンブラン記念日、翌日はネギ記念日

おはざます。

Merry Christmas! 今日は家で犬と二人で留守番です。

後、今日はメントスじゃなくてコーヒー飲みながら日記書きますw

昨日はクリスマスイブでしたね。みなさんどんな感じの1日をお過ごしでしたでしょうか。

自分は卒論が全然終わらないので(      ←)学校の図書館で夕方まで作業してました。(カッコの中はみなさんの想像にお任せします)

学校は図書館しか空いてなかったのでなかなか寂しい風景でしたけど、新鮮でした。

前日に家族に「今日はケーキ買うよ!」って予告されたので、夕方には帰る予定でした。

普段は相棒と夜遅くまで過ごしてるので(笑)イブくらいは家で夜過ごさなきゃーと思ってw

なので、とりあえずお昼にケーキでも買って一緒に食おうな!って約束して昼にモンブランを買いました。

ちなみに昼飯はマックのビッグマックでした。カロリーーーーーーー😅デブ活がお盛んw

ささやかなハピネス。大学入学からずっとクリスマスイブは毎年部活のパーティだったり、去年だけ特別にフィリピン行ったりしてたので、こんな感じで過ごすのはおそらく人生初だったかもしれません。

俵万智ばりに「モンブラン記念日」って感じですね。美味しかったなあ。

夜は帰宅して母親の手作りローストチキンとか食してました。後はチーズフォンデュもあったな。もちろんクリスマスケーキもね!

いやマジで母さん手先が器用すぎて震える。震える。ふるえる。美味しかったwwww

そうそう、妹にプレゼントでキーホルダーも渡しました。10月の誕生日に何もあげられなかったのでこれで償いをば...w

結構喜んでたので良かったな。

そのあと訳あって兄弟のバイト先に買い物行ったんですけど、そこで奴がレジ打ちしてたので無駄に感情移入して散財したり。ぐぬぬ。


てな訳で!めっちゃ昨日食ってばかりで、かつ野菜不足だったんですよ!!!

運良く今日は家に誰もいなかったので自分で昼飯を作ることにしました。

野菜が食べたかったので野菜炒めとお腹に良さそうなお粥......


キャベツとネギと昆布。
量が減ってるように見えるのは気のせいですry(食事中に撮影しちゃいました😓)
味付けはかつおだしの粉(インスタント)と昆布の佃煮です!なかなか美味しかった。

お粥って本来こんなに水分少なくないよな...?
(地味にお粥作るの人生初)
味付けは同じくインスタントの出汁とごま塩
野菜はほうれん草とネギです。


我ながら美味しかったです。出汁がインスタントなのが恥ずかしいけど、まあ便利だもんね!

実は私、ネギが苦手だったんですが、最近ちょっと好きになってきてます。加熱したものに限りますけどw

前に相棒が「料理って味がどうであれ自分で作っただけで満足感があるらしいよ」って言ってた本当だなあと思いました。

なんか、陽光で明るいリビングで、自分で作った飯をまったり食べるなんてなかなか悪くないですね。ちょっと不思議なクリスマスです。

とある詩人の"Getting Up Ahead of Someone (SUN)"って詩を思い出します。

普段は仕事で忙しい主人公が、休日に不意に早起きしちゃって、思い思いに時間を過ごしならがら「この頃の夜明けってなんか意味深だな」って気づく詩。

普段は家でも相棒の家でも全然私は料理しないので、人間として料理をすることの大切をさを実感しました。そんなひと時をなんとなく「ネギ記念日」と命名しておきます(笑)

さて、卒論の続き書かなければ!!

皆さん、良いクリスマスを!では!

2015年12月23日水曜日

はからずして その後

こんにちは

また昨日のメントス食べながら書いています。

今日は天皇誕生日なので世間では祝日ですが、大学は通常授業です。

自分は授業とってないので(聴講してるのはあるけど)卒論書きに学校に来ています。

さっき、学校の近くのスーパーで相棒と一緒に昼飯を買ってたんですが、スーパーは天皇誕生日どころかクリスマスムード一色だったので食品とかも豪華なのばかり並んでました(笑)

せっかくなので普段売ってないものを一緒に昼食用に購入しました。腹が満たされたので、今は幸せな気分ですw

自分の場合、胃とハートが直結してるんですかねw

さて、昨日の話の続きですが

先生に欠席のメールを出したら、時間があるときに来なさい、と返事が来たので相棒と一緒に恐る恐る研究室に向かいました。最近先生に対して怖いなって気持ちがかなりあったので・・・。

そしたらまあ色々聞かれるわで、最初は怖かったけど、ちょっとだけスッキリしました。

やっぱり先生にも「鬱なんだと思うよ」って言われたので、やっぱりなあって感じです。

先生曰く心療内科で薬を早いうちにもらいなさいって言われたんですが、金銭的な面もあるので今すぐに行ける感じじゃないです・・・。

「まさか自分がなるわけない」って思って実はメンタルに深いダメージを受けている人は沢山いる、って話はよく聞くので自分もその中の一人なんだろうなって。

そんなにびっくりするわけでもなかったので、なんとなく自分の中で納得できた感じです。

なんだかんだ、ちゃんと話せは誰でも自分の気持ちを理解してくれるのでそこだけは本当に救われてるなって思いました。

「あなた、疲れてるんだよ」とか

「それじゃあ今までずっと苦しかったんだろうね」

とか言ってもらえたのがやっぱり、安堵しました。

タイミング的にも冬休み前なので、卒論のことでまだまだ忙しいシーズンだけど、自分の状態を理解してくれてる人ができたので多分なんとかやっていけそうです。

やっぱり辛い気持ちからちょっとだけ復活するといつもあの歌詞が浮かんできますね。

「人生が僕らに闇をもたらしても、愛があるから優しくなれる」
"When life leaves us blind, love keeps us kind."

的な感じですかね。リンキン・パークの"The Messenger"って曲です。

はあ。

やっぱり幸せな時の感情とかシーンとかをメンタルの緊急時に思い出すことって大事ですよね。

うううう。書きながらこみ上げてくるものがあります。


ではでは。良いクリスマスと正月を!!(笑)

2015年12月22日火曜日

はからずして

おはようございます。

今日も天気がいいですね。

本当は卒論書かないといけないんですが、指のウォーミングアップも兼ねてブログ書きます。

今日はピンクレモネード味のメントスを食いながら書いています。

私は都民なんですが、大学が埼玉県にあります。埼玉もいい天気ですね。

先ほど、ずっと躊躇していた学校のカウンセリングセンターへ行ってきました。

と言っても、カウンセリングの予約をしただけですけど。今、予約がいっぱいらしく、年明けの中頃になるようです。

本当は今日授業に出ようかと考えていたんですけど、電車を待ちながら潰れそうになったので、先生にメールして欠席することにしました。

朝起きてすぐは元気だったんだけどな。

相棒とセンターの待合室(心の休憩室という名前)に入って予約をしてから、自分だけ休憩室でぼーっとしてたんですけどまたしても潰れそうになりました。

しばらくして落ち着いたので、コンビニ行って水とメントスを買てきて、今に至ります。

今も目が痛いです。外の綺麗な景色で余計に目の痛みが増しますね。

なんか変な気分です。ポジティブに悲しい気分。

どうせ今後カウンセリングのことも書いていく気がします。

はからずして、まるで闘病日記ようなブログになりそうです。

タイトルの「緊急時の瞑想」って、本当にそんな感じのブログになってしまった。

とあるアメリカの詩人の詩のタイトルです。ある意味で、この詩がきっかけで自分はこんな感じ(悩む人)になってしまいました、というとちょっと面白い感じになりますね。実際にはもっとたくさんあったのかもしれないけど。

さて、タグ(ラベル)は何にしようかな。「メンタル」ですね。そうしよう。

とりあえず、腰痛とか、頭痛持ちとか、そのくらいのノリで考えていこうと思います。

ではでは。

2015年12月18日金曜日

悩み

天気がいいのでブログを書いてみる。

おはようございます。今日はミスドがドーナツ100円セール実施しているので大好きなチョコファッションを買ってしまいました。(カロリーが高そうだからちょっと心配。)

さて、先日からずっとモヤモヤしていることがあるので吐き出しのために書きます。あいわからずネガティブなブログです。吐き出しと思考の整理。まあブログを書くっていう心理療法もあるらしいし、いいよね何かいたって。

<悩み>

最近の悩みの種は、勉強のことと、人間関係です。ありきたり。

まあ、その二つが絶妙に絡み合ってしまって自分でもよくわからないことになっています。

<勉強>

まずは勉強のこと。

最近になって自分は本当に勉強が好きなのかという疑問を持っています。

来年から一応大学院生になるんですけど、今後数年間勉強できるだけのメンタルがあるのだろうかという疑問。

(ちなみに文学系、とだけ言っときます)

まあ、しないとしてもいますぐ就活するしか選択肢はないので、実際は進学して勉強するしかないんですけどね。

しかし、なぜ悩んでいるのかというと、自分の周りには来年から社会人になる(でも勉強は続けたいと思っている人たち)のに自分よりも勉強できる人がたくさんいるからです。

別に、「自分がやりたいことなんだから自信持ってやりなよ!」とかいう問題じゃないんですよね。

*モチベーションについて

勉強ができるっていうのは、単に能力があるとかだけじゃなくて、その分野に関するモチベーションが高いってことです。

簡単にいうと、私はモチベーションもないのに進学して平気なのかという疑問を持っているってことになりますね。

モチベーションがゼロっていうわけじゃないんですけど、最近思ったのは、自分は本当に文学なんか好きなんだろうかっていう疑念。

何を勉強したいんだろうって考えても「英語がちゃんと読めるようになりたい」ってだけなんですよね、多分。

なんでちゃんと読めるようになりたんだろう、っていうと、そのテキストが意味するものを読み取りたいからなんですよね。

しかしその「英語が読めるようになりたい」ってのと「テキストを読みたい」ってのはどっちがどっちなんだろうって、書きながらよく分からなくなってきた。

じゃあなんでテキストが読みたいんだろう。教養を身に付けたいから。教養身に付けて何するか、自己表現したいから。自己表現して何するのか...社会貢献?なるほど。

モチベーション...

自分の勝手なモチベーションの有無の判断はやっぱり、どれだけテキスト(作品)に触れているかってことですかね。

周りの人を見ると、やっぱり普段から色々読んでたりする人が多いように感じます。

自分はそこまで読めていない気がするし、院試の面接でも「好きな小説とかないの?」って言われてすぐに答えられなかったことがあるし、かなり文学コンプレックスがあります。

何だかんだ読んでないんだよな。読んだ方が自信につながる感がある。

*卒論

そんでもって勉強にコンプレックスがあるので卒論書いているのも結構苦痛です。

卒論書き始める前は、「好きなことについて1年もかけて研究するとか楽しそうだなあ」とか思っていたはずなんですが、いざ書き始めて見ると、全然進まない。

進まないどころか本当にそのテーマのことが好きだったんだろうかっていう疑念すら生まれてくる。

誰かにアドバイスまがいのことを言われると余計に自信喪失。

しかもいいんだか悪いんだか、先日同期に「英語で書いてあるから面白そうに見えるのかもしれないけど、日本語で書いてあったらそんなに好きな内容じゃないのかもしれないよ」みたいな事を間接的に聞いたので本気で落ち込みました。

泣きっ面に蜂っていうか七転八転ですよ。数日時間が経ったので、ちょっとは気持ちが落ち着きましたけど。未だに心外でなりません。

別に批判されたから悲しいんじゃなくて、自他共にその研究テーマにダウトがかかって落ち込まないわけないじゃないですか。今も書きながらモヤモヤ度数が上がってきたのでもうやめにします。

いずれにしろ、自分はもうちょっと、自分について考えなきゃいけないなと思います。

本読んで、詩を読んで、自分が何に対して興味があるのかっていうのを本気で考えないと、今後の数年の時間が無駄になっちゃう気がします。

しかし、なぜできないのか...そこも考えなきゃいけない。

あれ、これは卒論の話じゃないのか?w

<人間関係>

*3人以上の会話が嫌い

話は変わります。

3人以上になると会話ができない」ってわかる人にはわかりますよね。わからない人にはわからない。そんなもんだ。

さっき電車の中でまたこれについてブラウズしてたんですけど、「対人恐怖症」とかいう項目にたどり着いたのでひやっとしました。

これもまた先日相棒に「テンションに大きいギャップあるよね」って言われて(もう1000回くらい言われてるけど)「ですけど何か?」とは言ってないけど、まあ、そうだよなって感じました。

3人以上の会話になると、途端に興味がなくなっちゃうんですよね。テレビのCMが目の前に流れている感覚です。

そこの会話に入ろうかなって思ったとしても、タイミングわかんないし、話すこともないので、急に無の境地に入ります。話振られても一言返すくらいしかできない。会話が面倒になってしまう。

話は一応聞いてるんですけどね。ただ、右から左に流れていく感じですかね。

ネット見てると、話してる時にちゃんと聞いている態度を出していれば自然と会話に入れるとかあるけど、めんどくせえなあとか思ってしまうのが問題なのでしょうかね。

それが対人恐怖症とつながるところはあるのかもしれない。

*俺は対人恐怖症なのか

・3人以上の会話が苦手
・人の顔を見ない
・人の顔が覚えられない
・グループで話すときに注目されると、なるべく早く話終わりたくなる
・人の目線が苦手
・自分の意見が言えない
・プレゼンが苦手(事前に用意した文章読むのは平気)
・話したいことはあるけど、やっぱり話さないでおく
・こうやって文章にするのは好き
・バイト中は普通に人と話せるけど、パーソナルな会話は苦手

*気持ちが不安定な時

自分は気持ちが不安定だと自覚しているんですが、やっぱり気分が悪いと会話しなくなったり、表情に出ちゃったりします。

気持ちが不安定になると、とりあえず一人になりたくなる。でも、一人になるとどんどんイライラ気分がエスカレートしてしまって殻にこもる。

結構気分の浮き沈みは激しいと自覚してます。

ネガティブになった途端に殻にこもるんですけど、場合によってはすぐに機嫌が良くなったりもします。

昨日とかその前かも、何回かネガティブ→回復みたいな事もありました。

あ、今度からネガティブから回復できたら記録しようかな。

前々から、自分の気持ちの浮き沈みを記録しようかなって思ってるんですけど、忘れちゃうんだよな。せっかくパソコンも買ったし、どっかにノートでも作っておこうかな。

ちなみに、回復する時は、当たり前だけど誰かと話したりして、気が紛れた時とか、一眠りした時とかかな。もっと瞬時に出来るようになりたい。

<ごっちゃり>

・勉強コンプレックス(卒論の不安とかも)
・対人恐怖症(借)
・気分の浮き沈み

こんなのが常に頭を巡っています。だから本当に不機嫌との戦いです。
どうしたらいいんだろうなあって思いながら、とりあえずモヤモヤをちょっとでも形にしてみようと思ってブログを書いてみました。


さっきのドーナツ、実は相棒の分も買ってあげたのでどんな反応するのか楽しみ(笑)
あと5分待っていよう。

2015年12月16日水曜日

コークハイから生まれた本音

書こうと思い立ってから1ヶ月くらい経ってしまった。

おそらく11月ごろだったと思う。その季節にしてはやけに暖かい日が何日が続いた後に、急に寒くなった日があった。

とある朝、家のベランダの淵に季節はずれなアゲハチョウが留まっていた。

多分暖かい日が続いたから春だと勘違いしてしまったのかもしれない。

最初は珍しいなと思っているだけだった。そのうちどこかへ飛んでいくだろうと思っていたので、若者らしくスマホで写真なんか撮ってみて、インスタにあげる程度で。

その日が学校に行って、夜遅くに帰宅した。

帰宅するといつものように父親がコークハイを飲みながら、たぶん妹と話していた。

そういえば今朝ベランダにアゲハチョウが留まっていたよ、と話すと父親はそういえばさっきタバコを吸いにベランダに出た時にも見たと言った。

今朝留まっていたアゲハチョウがまだ夜遅くになってもそこにいるのか、とびっくりした。もしかして、硬直したまま死んでしまったのか、冬眠しているのか。

(結局丸々二日同じ場所にいたけど、少し暖かくなって日が出ていた日の朝、いなくなっていた。)

ここまで無駄に長い前置きなんだけど、書きたかったことは本当に些細なことだ。

ほろ酔いで父親が「アゲハチョウ、かわいそうだよな。家に入れてあげてもいいんだけど、どう飼ったらいいかわかんないし。でも、とりあえずそのままにしてるよ、無駄な殺生って嫌だし、虐めなかったらなんかいいことあるかもしれないしね(笑)」

的なことを言い出した。

本当はもっと長いこと話してたけど(この瓶の中に入れたら窒息しちゃうかな、とか砂糖水なら餌になるのかな、とかw)

「なんかいいことあるかもしれないしね」

って言葉がなんだか人間臭くていいなぁ、ってふと感じた、というだけの話。

こうしたらなんかいいことあるかな、とか思いながら生きるって本当人間らしくていいなって思う。

他の動物もそんな感じなのかもしれないけど、あいにく言葉がわからないからとりあえず人間の話だけするけど。

八方美人とか、偽善とか、そういう言葉もあるけど、やっぱり悪いことしなきゃ別に何したっていいよな。

「情けは人のためならず」って言葉も、元々「人に情けをかけるといつか自分にも帰ってくる」って意味だったらしいし、そんなもんだよな、人生って。

「なんかいいことあるかもなあ」って言葉いいな。

今でも思い出すとほっこりする。
あの時のアゲハチョウはどうなっちゃったのかなぁ。

2015年12月15日火曜日

瞑想録

実は書こうとしているネタが2つ消化不良のまま下書きに保存されている。

こんばんは。今気持ちが沈んでいるのでブログでも書きます。

本当はここ最近ずっとブログ書きてえなって思ってたんですよね。

というのも先日MacBook Airとやらをゲットいたしました。

今までvaioのラップトップ使っていたんですけどなんせ非常に持ち運びしづらいブツだったので、祖父におねだりしてしまいました。

私は永遠の孫であり娘であり私自身であり続けていたいと願っています。(謎)

今まで15.5インチのラップトップだったので、急に11.6インチになると本当に小さくて便利だなって思いました。紙でいうと閉じた状態でA4とB5サイズの紙くらいの違いです。

しかしながらMacBookだと本体の薄さが尋常じゃないのですごいです。厚めの雑誌くらいですよ。便利だなあ。4年前からこれを購入していたら自分の人生もう少しはかどっていたのかもしれないと思うと悲しいですねw

さて、パソコンの話は置いといて。


最近は卒業論文執筆に苦心しています。

苦心だなんて可愛いもんじゃないです。人格崩壊レベル。

自尊心が踏みにじられ疑心暗鬼になってやる気がなくなるだけの学生どもの戯言でしょうか。どうでしょうか。

学校ではいわゆる文学系の専攻なので、卒論も文学作品について書くんですけど、

なんせ最近感性が死にかかっています。

詩を読んでも、小説を読んでも、目の前の言葉から何も読み取れないんですよね。

いわゆる「解釈」というものが全くできなくなりました。

というのも、何かの文章とか、作品があると、それについて自分なりの解釈とかいうものが生まれてくるはずだったのですが、何をこじらせたのか、

解釈とかいうものを頭の中で行うのが億劫になってしまいました。

今は作品自体が何を言っているのかを追うのに必死です。


本当は、理由なき妄想という名の解釈のようなものならいくらでもできるんですよね。

なんだけど、理由をつけてなんでそう思ったのかについて人に話すことが死ぬほど苦痛です。理由なんてないんだもん。

イメージだけは頭にあるんだけど言語化して自分の口を通してその声の空気振動経由で相手の頭の中まで届けることが非常に苦痛です。

意識して喋ることが嫌いなんですよね。

理由は単純に自分の頭が弱いからだと思うんですけどね。
あと面倒臭がり屋だからか。後者に尽きる。

…数年前の自分は、英会話系の部活に入ってスピーチとかも挑戦してきました。けれど結局、自分の話したいこともわかっていないのに、しかも英語で日本人相手にスピーチするとかなかなか楽しいことでもありませんでした。

・自分と違う立場の人のことも考えて生活しよう!
・自分の気持ちを文字に起こしてみよう!

みたいな感じのくだらないスピーチとか書いていました。

楽しい時もあったけど、結局「何が言いたいの??」って自分の言葉をいろんな人に「ゴムホースで叩かれて」(ビリー・コリンズ風に)僕の青春は終りました。

部活の引退後も待ち受けていたのは、ゼミでのプレゼンテーションにレポートに卒論でした。

大嫌いな構造至上主義のオンパレード。主張には根拠がある。というだけの至極簡単な世界ですね。

(私は仮説を立てられないというのに。仮説の立て方ってなんだろう)

なかなか人生うまくいきませんね。本当に自分頭が悪すぎて自己嫌悪の極楽浄土を徘徊しています。


まあ、自分がアカデミズムの中で窒息寸前になっている理由は明白です。

・勉強不足
・自分の意見を言うのが怖い、否定されるのが怖い

それ以上でもそれ以下でもないですよね。

勉強不足だから勉強ができないという謎のスパイラルを享受しています。

2点目についてはノーコメントで。


たぶん今後数年はこの不感症コンプレックスから抜け出せる気がしません。

お先まっくろくろすけ☺️

2015年11月13日金曜日

悲しい黄金比

今朝は勉強のことで頭がいっぱいで、気分が優れない中、思い出してしまったネガティブな話。

社会の中の比率の話だ。

一つ目はアリの話。アリの社会の話は有名だと思う。

一つの巣っていう社会の中に、女王アリ、働きアリって役割がある。その中で数パーセントのアリだけは全く働きもしないらしい。

そこで、その巣の中の全く働かないアリを取り除いてもまたすぐに働かないアリが出てくるらしい。

(すべて「らしい」としか言えないのが申し訳ない)

二つ目は社会のピラミッドの話。これは父親がしょっちゅう話していること。

日本の生活水準は2:7:1(うろ覚え)くらいの割合で、

2(極貧)、7(中流)、1(勝ち組)

こんな感じに分かれているらしい。そんでもって、中流である7割の中ですら、

やっぱり平均以上か、平均以下が生まれるよなっていう話。


まあ、
基準なんて相対的に見ちゃえば必ず上と下が生まれちゃうって言われればそれまでなんですけどね。

たまに思ってしまう。「自分ってどこにいるんだろうな」って。

自分の場合は生活の場が学校なので、学校の中で自分がどこにいるんだろうって考えてしまう。

もちろん学校の中だから判断する要素は学力とか、センスとか、そういうものだ。

普段はそれほどシリアスに考えないんだけど、気分が悪い時とか、恐ろしく劣等感にさいなまれている時は、自分って底辺にいるよな、と感じてしまうんだ。数日前がまさにそんな感じだった。

やっぱり部活でもゼミでも授業でも、さっきみたいな割合がどこにでもある気がする。

例えば授業だったら、バリバリ授業に貢献する少数派と、まあまあ参加してる多数派と、心ここにあらずみたいな人あるいはそもそもその場にいない人、みたいな。

よくある場面だと思う。


この記事を書きはじめた数日前の状態だったら話はここで終わってしまうんだが、昨日相棒と某所で飲んでちょっと気分も楽になったのでその先が少しだけ見えてきた。

相対的に他人と比較してしまえば絶対に差って出てしまう。

でも結局自分の中で(例えば勉強とか、絵を書くこととか)「好きだ」っていう気持ちがあれば何とかなるのかなっていう。当たり前の事なんだけどね。

好きになる気持ちは別にはかりようがない。ただ実際の行動へつながらないと、やっぱり悔しいままだけど。

ちょっと具体的な自分の話に繋げると、

自分は文字を書くことが好きで、絵を書くことが好き。あと英語の勉強も人並みに好きだった。

だけど周りにはもっとうまい文章も書けるひともいるし、絵がうまい人もいる。英語なんかほぼネイティブみたいなやつがゴロゴロいる。

そういう所に自分がいると、どんどん「自分って空っぽだな」って感じてしまう。(今まさにその状態だ)

ただ、そのままネガティブモードのままでも死にはしないんだけど、どうせだったらもう少し前向きになりたいじゃないですか。

だからまあ、解決法っていうか、なんというか、どうせなら……

・今この状態みたいに文字にする
・能力的には低いんだろうけど、まあ、好きなんだからいいじゃん

って感じでいまこの瞬間を思考している。

やっぱり、理想はさ、「悔しさをバネにして動け!!今すぐ動け!!!」って事なんだろうけどさ、

そんなうまくいったら苦労しねえよ、コンチキショーって話だよな。

まあ、それだけですよ。

悲しい黄金比から抜け出すには……

・理想は行動に移すこと
・でも無理だから、悲しみを噛みしめながら時が過ぎるのを待つ

くらいだよな。


 さて、次は何を書こうかな。

2015年11月9日月曜日

名前の数だけアイデンティティがあるのだろうか

眠気と戦いながら一回目の投稿テスト。

SNSを使ってるとハンドルネームとやらを名乗るようになると思うんだけど、そのハンドルネームも時代とか自分の気分によって変化してくる。

自分がブログというものを始めたのは確か2007年か8年くらいで、好きな漫画について語るようなくだらないブログだった。

そのブログも、段々漫画だけじゃなくてアニメ、映画、音楽、本とか沢山書くようになったんだけど、

Twitter使い始めたり、数年前に大学に入学したりでそのブログも、あんまり書かなくなってしまった。

(おはようございます。寝ていました)

ブログ自体はたまーーーに書いていたんだけど、毎回その内容も「お久しぶりです、自分は元気です。これからもよろしく」みたいな感じのばっかり。

本当はもっと自分のごちゃごちゃした頭の中を文章にして書きだしたいなって思っていたんだけどなぜかずるずる引きずってしまうんだよなー

先週昔のブログを読み返していたら、やっぱりブログは書きたいなって気分にしかならなかったんだけど、相変わらず昔のブログを使うのも気がしまらない感じがしてしまって。


昨日は急にブログを引き続き使うか新しいの使うか迷っていた。

自分が持っているブログは主に2つあって、

1つ目は中学の頃からずっと書いていたアニメとか映画とか音楽、日常が書いていあるもの

2つ目は大学入ってから何となく始めた創作(主に詩)のブログ

なんですがまたしても新しいブログ(ここ)を立ち上げてしまった。

実はTumblrとかアメーバとかFC2とか、別のサービスも考えていたんだけど、

Googleのブログは統計の機能が個人的に好きだからこのサービスを使ってみた。

まだ、続けるかは分からないけど、何もしないより楽しいし、

あと、最近朝起きてから何もすることが無くて(本当はやるべきことは沢山あるんだけど)朝起きたらブログ書けばええやん!ってさっきコーヒー飲みながら気づいたので、やってみよって。思った次第でございます。


そうだ、タイトルに戻ろう。なんでブログを新しくしようかと思っていたかっていうと、

ハンドルネームと言うものの存在ですよ。

さっき上に挙げた二つとも別のハンドルネームなんですよね。

なんだけど、1つ目のはtoo childish(子供っぽいって書けよ)だったり2つ目のはtoo shy(恥)だったりでなんか堂々と続けられる気がしないっていうのが、多分大きな理由だと思います。

ハンドルネーム。

ここでわたくしは「リサンミゲル」って事になっているんですけど、

どうも最近この名前がしっくりきている気がするので、やっぱり今までの二つとは決別してえなあって、おもって、やっぱり、新しいブログ、開設してみたよ!!!!!

さて、まだ方針だなんて崇高なブツを立てることはしませんが、自分の書きたいこと書きますよ。

まあそれだと漠然としすぎているので、自分の書きたくなるだろうなと思われる事柄として挙げられることは

・日常(学校、バイト)
・文学(大学の専攻が文学なので)
・音楽(主に洋楽)
・映画(主に洋画)
・絵

とかじゃないですかねえ。基本ARTが大好きでございます。

かの有名なバンクシーの落書きにもありますよね、

"The Earth without ART is just Eh"

「アートの無い地球(アース)なんてただの『えっ』」

(元ネタ知らねえけど)

なかなか面白い言葉ですよね。

アートが無い世界って、もやもやとした謎の感情の塊でしかないって事なんでしょーかねー(ほじほじ)

まあ、文字もアートですよ。アートってその混沌としたものからすくいあげる一片の感情なんですよね。このブログだってそーじゃないっすかねー(ほじほじ)

わたくしのゼミの先生も「ハッピーな人間にアートなんかいらねえもんな!」とかよく言いますよ。

自分がハッピーじゃないって言ってるんじゃなくて、ここでのいわゆる「ハッピーな人」って何にも悩まなくて、何にも求めてない人のことですよ。

そんな人なかなかいないと思います(笑)

さて、なんでこんなにながくなっちまったのかなーーー

まあ、良いですよね別に誰も困らないし。


それでは、これで第一回目の投稿としましょう!

(これからもこの熱意を忘れないで文字が書けますように。)

それでは。