2015年11月13日金曜日

悲しい黄金比

今朝は勉強のことで頭がいっぱいで、気分が優れない中、思い出してしまったネガティブな話。

社会の中の比率の話だ。

一つ目はアリの話。アリの社会の話は有名だと思う。

一つの巣っていう社会の中に、女王アリ、働きアリって役割がある。その中で数パーセントのアリだけは全く働きもしないらしい。

そこで、その巣の中の全く働かないアリを取り除いてもまたすぐに働かないアリが出てくるらしい。

(すべて「らしい」としか言えないのが申し訳ない)

二つ目は社会のピラミッドの話。これは父親がしょっちゅう話していること。

日本の生活水準は2:7:1(うろ覚え)くらいの割合で、

2(極貧)、7(中流)、1(勝ち組)

こんな感じに分かれているらしい。そんでもって、中流である7割の中ですら、

やっぱり平均以上か、平均以下が生まれるよなっていう話。


まあ、
基準なんて相対的に見ちゃえば必ず上と下が生まれちゃうって言われればそれまでなんですけどね。

たまに思ってしまう。「自分ってどこにいるんだろうな」って。

自分の場合は生活の場が学校なので、学校の中で自分がどこにいるんだろうって考えてしまう。

もちろん学校の中だから判断する要素は学力とか、センスとか、そういうものだ。

普段はそれほどシリアスに考えないんだけど、気分が悪い時とか、恐ろしく劣等感にさいなまれている時は、自分って底辺にいるよな、と感じてしまうんだ。数日前がまさにそんな感じだった。

やっぱり部活でもゼミでも授業でも、さっきみたいな割合がどこにでもある気がする。

例えば授業だったら、バリバリ授業に貢献する少数派と、まあまあ参加してる多数派と、心ここにあらずみたいな人あるいはそもそもその場にいない人、みたいな。

よくある場面だと思う。


この記事を書きはじめた数日前の状態だったら話はここで終わってしまうんだが、昨日相棒と某所で飲んでちょっと気分も楽になったのでその先が少しだけ見えてきた。

相対的に他人と比較してしまえば絶対に差って出てしまう。

でも結局自分の中で(例えば勉強とか、絵を書くこととか)「好きだ」っていう気持ちがあれば何とかなるのかなっていう。当たり前の事なんだけどね。

好きになる気持ちは別にはかりようがない。ただ実際の行動へつながらないと、やっぱり悔しいままだけど。

ちょっと具体的な自分の話に繋げると、

自分は文字を書くことが好きで、絵を書くことが好き。あと英語の勉強も人並みに好きだった。

だけど周りにはもっとうまい文章も書けるひともいるし、絵がうまい人もいる。英語なんかほぼネイティブみたいなやつがゴロゴロいる。

そういう所に自分がいると、どんどん「自分って空っぽだな」って感じてしまう。(今まさにその状態だ)

ただ、そのままネガティブモードのままでも死にはしないんだけど、どうせだったらもう少し前向きになりたいじゃないですか。

だからまあ、解決法っていうか、なんというか、どうせなら……

・今この状態みたいに文字にする
・能力的には低いんだろうけど、まあ、好きなんだからいいじゃん

って感じでいまこの瞬間を思考している。

やっぱり、理想はさ、「悔しさをバネにして動け!!今すぐ動け!!!」って事なんだろうけどさ、

そんなうまくいったら苦労しねえよ、コンチキショーって話だよな。

まあ、それだけですよ。

悲しい黄金比から抜け出すには……

・理想は行動に移すこと
・でも無理だから、悲しみを噛みしめながら時が過ぎるのを待つ

くらいだよな。


 さて、次は何を書こうかな。

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