2017年3月2日木曜日

感覚の好み

こんにちは。

5ヶ月ぶりくらいですね。

夏休みくらいから万年筆にハマって、それ以来ブログとかペンで文字を書くのとか、あと絵を描くのとか、「書かねば」って毎日心の隅っこにあるのに、まさか本当に実行に移すまで何ヶ月もかかってしまうってなかなか恐ろしいことですね。

久しぶりに文章を書くのでなんかちょっと下手くそですね。まあそれはいいとして。

タイトルは、昨日ふと気づいたことですが、まあそれにこだわらず先に、ここ最近あったことを書いておきます。

ていうか爪が伸びすぎてタイピングしづらくて笑えます。

ええと、先日までゼミの合宿4泊5日ありました。その前は合宿のプレゼンの準備をずっとしていました。

その前は、バイト入れまくりながら修士論文のことを考えていました(書いたとは言っていない)。その前は授業がありました。

今は春休みで合宿が開けてやっと頭の中が空っぽになって2,3日ほど経ったところです。

我ながら頭が空っぽにならないと、こういうこと(ブログ書いたり絵を描いたり)できないんだなあと今やっと気づきました。

というかですね、授業期間は常に明日の授業の準備について考えなければならなくて、論文が全然進まなくって、やっと春休み入ったと思ったら今度は合宿の準備のことに追われてて、あっという間に春休み半分終わってしまいました。恐ろしい。強迫観念ですよねほんと。なんだかなあ。

ええとですね、昨日と一昨日はずっと鉛筆で絵を描いていました。1日で終わらせようとは思ってたんですが案の定できなかったーーw

まあいいんじゃないかなと思います。のんびり描き進めます。ていうか一日一回は絶対得の練習したいなと思いました。3分クロッキーとかね。

最近あまりにも絵(あと詩も)を描かなすぎて、ここ何ヶ月もずっと「創作活動」というものを頭のなかで理想化しすぎていたんですが、いざそういった創作活動をしていると、マジで発狂するレベルで苦しいんですよね。久しぶりに思い出しました、この苦しさをwそしてちょっと反省もしたんですけど、やっぱりこういう苦しさのほうが自分には向いているなーって思いましたwふはは。

ええと、合宿では毎回自作の詩を発表するんですけど、愚かにも私が詩を完成させたのが合宿の3日目で、(もはや直前)3日目まで本当に何も浮かばなかったんですよね。今までこんなことあんまり無かったので正直焦りました。最悪昔書いた詩を読むだけでいいかな、なんて思ったんですけど、酒飲みながら毎日イメージの断片だけは書き留めておいて…いつだったかやっと波がやってきたんで一気に書き上げました。

(なんかイヤですね、イメージの断片、だってww)

あとはですね、一昨日から描いていた絵なんですが、なっかなかモデルの形が取れなくって!!!一人で「うあああああああ」とか叫びながら描いてました。隣で犬がびっくりしてました。まあこれも6割か7割位進んできたので後は描き込むだけなんですがね。いやー苦しかったなーーー

人によって、この苦しみとその先の感覚の好みってありますよね、それが仕事だったり趣味だったり勉強だったりってだけなんですよね。

好きなものなら我慢できるっていうのは確かに当たり前なんですけど、それを他人に押し付けるとホント言葉のサイコパスだと思います(イライラ)部活とか部活とか部活とか()自分だって我慢できるものありますけど、それはあんたの目の前にはありませんけど????って言いたくなりますよね〜(どうした)

というか、タイトルの件で言いたかったのはこの話ではありません。

実は昨日買い物してたんですけど、前に雑貨屋で見たステッドラーの可愛らしい鉛筆が忘れられなくて、昨日また買おうか考えながらお店に行ったんですよ。結局買ってないんですけどwwwルミネのエスカレーター乗りながら思い出したことがありましてね、

人が話すことって、その人の記憶に基づいて話すじゃないですか、その記憶の元って人によってパターンがあるなあと思ったんですよ。それが3パターンあるんじゃないかと、ステッドラーを諦めてエスカレーター乗りながら思いついたんですよね。

(まあ今から書くことは完全に思いつきの持論なので、自己満足以外の何者でもないのですが)

ゼミの人たちとか自分のことを思い浮かべながら思ったんですけど、その人が長期記憶する(そして会話とか作品とかにそれを出す)のが得意なのってそれぞれ

・聞いたもの
・見たもの
・読んだもの

この3パターンじゃないかなと思ったんですよね。

そうだなあ、例えば「この前○○に行ったとき○○が話してたことがあってね…」って感じで話を持ってくる人(聞いたものを記憶するのが得意な人)と「この前○○読んでさ…」(読んだものを記憶するのが得意な人)ってのと「この前○○見てさ」(見たものを記憶するのが得意な人)ってことです、わかりにくいかな。

別に型通りの話し方をするわけじゃないですけど、自分のいるゼミの性質上、その人が話すことだったり書く詩だったりを目にする機会が多いので、その話すこととか書くことに出てくるモチーフの出処について考えていただけなんですが、ね。人によって傾向があるなあと気づいたんですよ。

自分のブログなのでまた入れ子式に話をぶっこみますが、

合宿のときに必死こいて書き上げた作品を読んだら結構ウケがよくて嬉しかったんですが、詩を読んだあとの感想を話したときに「自分の癖かもしれないんですけど、自分って詩を書くときに昔の記憶をめっちゃ漁るんですよね、それを書き繋げるからいつもコラージュ的になってしまうんですよね」みたいな感想をいい終えて席に戻って、そのとき隣の席にいた後輩たち(センスがいい子たち)が「今の詩めっちゃ好きでしたwww」って言ってくれて、もうひとりが「僕もそれ(記憶力いいな〜ってこと)言おうと思ってたんですよ!!!」って言ってくれて、この人達はよく人のことを見ているなあ、と思って感動したんですよ。褒められるの大好きなので←

それがきっかけで、そういえば自分はなんか見たものとか触ったものの記憶ってめっちゃ残ってるなあ〜って何日か考えてたんですよね。それで、先日買い物をしながらさっきの持論にたどり着いたと。(博多弁じゃないとですよ)

一番昔の記憶は、昔住んでた一軒家の家のダイニング(リビング?)の天井の蛍光灯なんですよね。それと喉元の暖かさとママですね。多分ミルク飲んでたときのことじゃないかなと思いますけど。残念ながらさすがにミルクの味は覚えませんwほんとにミルク飲んでたのかもわかりませんが、天井とママ以外のイメージが無いので、多分まだ歩けなかった頃じゃないかなと思います。

そんな感じで結構いろんなことをふと思い出したりします。まあそれはいいとして

人の話聞いていると「よくそんなこと覚えてるなあ」って思うんですけど、多分それはその人が覚えるのが得意な部類の記憶だと思うんですよね〜

私は本の内容とか人から聞いたことなんかすぐ忘れちゃうんですけど(調べれば出てくるし)くらいにしか覚えて無くてですね…だから歴史とか政治とか苦手なんですよね。多分潜在意識の手前くらいの意識の中に「これは○○探せば出てくる情報だから頭のなかには入れなくていいや、あとで調べれば出てくるだろ」みたいなのがあってですねwwすごく勉強の支障にwww

でも小中学校の理科とか家庭科とかは実験とか実技で実際に自分が体験することなのですごく覚えてたり(忘れててるときもあるけどw)しますね。あと文字じゃなくて図鑑とかだと結構覚えてるかもしれない。犬の図鑑とか。

まあ要は、今の勉強がいかに自分に向いていないかということを実感しただけなんですけどww(英文法はいくらやっても自分の物にできないのと、史実を頭のなかにしまって置けないのとね…)英語を見るとその構造よりも意味の方が分ければええやん?って後回しにしちゃうんですよねえええ。くやしい。

あとは雑談程度の人との会話なら多少は覚えてるかな。しかし自分が何話したのかはすぐに忘れてしまうw

まあ、雑にまとめると得意不得意なものってあるよなあって、思いますね。別の話ですが、私は未だに人の目の前で話すのが苦手なので、文字にするほうが得意だなあってのとかね。巷では両腕を組むのと両手を組むときの組み合わせで自分の思考パターンの傾向がわかるっていうのもありますけど(めんどくさいので気になる方は右脳派左脳派診断、みたいなので調べてみてください)あれも確かに当たってるなあって思うし。

私のパターンは一番タチが悪くて、「理論で頭のなかにインプットして、感覚でアウトプットする」傾向らしいので、誰にも何も伝わらないパターンww多分この文章もそうなのかもしれませんけどw

いやあ、ホント、自分が自分の才能を発揮できる場所ってどこなんだろうなあって、日々悩みます…。